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2010年06月19日

高校まで勉強の意義は?

よく、学校や予備校で
「数学なんてやって何になるの?」
「物理とか知らなくても生きていけるし」


などと言ったことをききますし、自分も昔言っていた気がします笑
みなさんも心あたりあるのではないだろうか?


たしかに上のようなことはあながちウソではない
では、何のためにわざわざ中学校までは義務教育で、文部科学省やらが必死に「学校学習指導要領」をつくり、そして受験というもので各大学が「意味のないと思われる勉強」のテストを課すのか?
考えたことあるだろうか?


英語と現代文に関しては比較的「必要」と感じている人が多いように思われる。
(ここではその教育内容は問わないけど…笑)
なぜって?
まあ仕事で外人さんと話すのに英語は必要だし、現代文も同じようなものとして。
要するに、コミュニケーション手段として実践的であるからだろう。


それに対して、確かに「古文漢文」「数学」「理科」「社会(もかな?)」などと言ったものは専門にでもつかない限り実践的とは言えない


では
「数学」。これに関しては以前のブログ「文系数学のゆくへは」を参照して欲しい。
http://mo-suke.seesaa.net/article/142935946.html


「古文漢文」
これは一番「意味のない」と感じるものかもしれない。
だた、最初に言えることは日本語でありながら現代文とはルールが違う。単語も似ているようで色んな意味があったり、助詞や助動詞の使い方も違う。まずそのルールに対応するというトレーニングといえるだろう。
それから、例えば「源氏物語」は1000年もの前にかかれたことであるが、「人間の性質」といったものは今も1000年前もあまり変わらないということがわかるであろう。
文章のなかでの教訓や感性といったものを学ぶのが古文ではないかと思う。


こんな偉そうなこといっておきながら自分自身はべつに古文漢文にそこまで魅力を感じなかった笑


全ての科目に関して書くのは骨が折れるのでこの辺にしておこうかw



話しは少しかわり、
一般に受験は「詰め込み」「暗記」だから意味がない。といった批判を聞くであろうし、そう思っている人もいるのではないか?


でも、どうだろうか?
実際、入試問題は「暗記」だけで解けるものではない。(少なくとも上位校はw)
例えば慶應文学部の入試は辞書を2冊まで持ち込み可能である。
つまり、大学側は「単語力」「熟語力」の有無をあまり重用視していないのである。純粋な「英語力」「国語力」を試しているといえるだろう。


さらに、「暗記」は悪か?
まったくそんなことないと思う。
何においてもオリジナルなんてものはほとんどなく、先人の知恵をもとに新しいものを生み出しているのであるから、「知識量」が多くて悪いことはない。
知識量を増やすには当然「暗記」という作業も必要だろう。
それに、暗記しなければならないことなんて世の中に腐るほどある。


それからどうやら人間の脳は、他の技術と同じで暗記すればするほど暗記が得意になるらしい。
若いうちにたくさんに知識を詰め込むことも大事かもしれない。


もしかしたら、世間のいう受験に関する「暗記」と、いまぼくが言った「暗記」とは別のものかもしれない。笑
例えば、「この問題がでたら、(意味もわからず)◯◯公式を使う」のようにね。


実態がどうなのかわからないからそこまでは書けないけど…
かっこわるい終わり方になってしまったねww
posted by もーすけ at 13:59| Comment(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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