logo.png 2011年10月リリースしました。

2010年06月05日

目的は何?もう一度考えよう

「米文学購読」という授業が学校である。
授業スタイルとしては、プリントが配られ予習をしてきて授業で背景知識も含めながら解説という実にシンプルな授業。
先生も優しく甘めというのもあり多くの生徒にはどうやら関心がなさそうな感じ。
受講者数もだいぶ減ってきた。
しかし、ぼくはいつも案外楽しみにその授業を受けているものだ。

授業では最初から最後まで読むことはできないので、ある部分だけを授業で扱うのであるが、当然前後関係がないため読み辛い。
そういったこともありぼくは映画を見たり、本を買って読んでみたりとして予習なりしていた。

それをある人はこういった。
「それってせこくない?」

ちょっと待てよ…?
それは違うんではないか?

まずいつも自分の都合でサボってるやつにいわれたくないのと…笑(まあこれは置いておいてw)

それから、
ろくに英文も読まないでそこのところを誰かの書いた日本語訳をよんで終わり。
それだったら「せこい」と言うのもわかる。
それは、単なる「単位のためだけの勉強」になるからね。

なんのための勉強で、なんのために勉強しているか改めて考えて欲しい。
ぼくは「米文学購読」ということで、その文学を味わいたいし、作者とコミュニケーションをとりたい。
そのためには、色々な背景や作者自身のことについて知る必要もある。
そういった表面的だけでなく追究していくことこそ「勉強」ではないのだろうか?

別に自分に自惚れているわけでも、自分が優れているなどと思っているわけではない。
もう一度、なんのための勉強なのか、みなさんにも考えてもらいたい。
posted by もーすけ at 01:21| Comment(1) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月12日

国語教育

大学受験国語がメインの話しですが、同じことは中学受験、高校受験にもいえる。それから、受験どうこうではなく社会人としても国語力は絶対的に必要なもの。
ぜひ、受験生だけでなく、これから子育てをひかえる人、社会人などもお読みください。


生徒からこんな声を聞くことが非常に多い。
「すいません。現代文の勉強の仕方おしえてください。」
「現代文って何を勉強すれば良いのですか?」
などと言った現代文の勉強についての質問である。


中学受験のとき国語があまりにもできなかったせいで、第1志望を逃したぼくはそれ以降もずっと国語が苦手だった。しかし、また同じ過ちを繰り返して大学受験を失敗はしたくなかったぼくは、猛勉強して偏差値を23あげた経験がある。
ではどんな勉強をしたのか?現代文で必要な力は何か?
ここでぼくの経験を踏まえて説明したい。

一般的に予備校の現代文の授業では主に、「設問を解くテクニック」を中心に教える。当然、テキストは頻出の話題を扱ったり、その背景知識を説明したりはするが。しかし、自分の「読む能力」すなわち「読解力」であるとか「速読力」であるとかを身につけさせてくれるだろうか?そこまではなかなか難しいのである。
では、そこのところは自分で鍛えていかなければならない。

昔から本が好きで、読むことに慣れていて、色んな知識を知っている人であれば予備校でテクニックを学ぶだけで難関大学に合格できるかもしれない。(ぼくは「読書好き=国語が得意」は必ずも成立しないと考えているが)
しかし、国語を苦手としている、あるいは伸び悩んでいる人はどうだろうか?
同じような勉強をしていては当然かなわないのである。

では何をすべきか?
これから説明していこう。

現代文ができる=国語力がある
これは、ほぼイコールであると思う。ある程度テクニックがあるとはいえ(センター試験では特に)やはりテクニックだけでは解けない。
国語力を身につける、それから点数をとるための5つの力を紹介しよう。


@語彙力
語彙は語学の基礎の基礎。
みなさん英語に関しては英単語を必死にやる。しかし、現代文に関しては日本語だからと語彙を鍛えようとしない。やはり、大学受験で使われるような評論文では難しい言葉がたびたびでてくる。また、問題を作成する側もそれらを知っているものとして作っているため、語彙がないと解けない問題も出てくるのである。
問題を解く際、必ずわからない言葉はマークして後で辞書で調べて欲しい。

おすすめの参考書
「入試漢字マスター1800+」河合出版
この漢字のテキストの良いところは、それぞれの言葉の意味がのっているということ。漢字の勉強と言っても当然「意味」と一緒におさえなければ意味がないのである。
また、類義語や反意語の記載もgood!!!



「頻出現代文重要語700」桐原書店
案外多くの人が見落としがちなのがこれ。いわゆる「評論用語」と呼ばれる知識の習得である。
正直、これが頭に入ってないと大学受験の現代文は厳しいものがある。
ぼくは、たまたま「頻出現代文重要語700」を使っていたためこれをおすすめしているが、書店に行けばたくさん売っている。自分に合っているものを探してみよう。
その他で言えば
•「ことばはちからダ!現代文キーワード―入試現代文最重要キーワード20 」河合出版
•「日本語チェック2000辞典」京都書房
•「語句ェ門」アルス工房←古典でも有名な板野先生が書いてるシリーズ。板野先生ファンにはおすすめ。




A活字慣れ
英語でも同じことが言えるが、入試では制限時間があってその中で問題をといて得点を出さなければならない。
テストで「時間が足りない」という生徒さんは2つの原因が考えられる。

(1)文章を読むのが遅い
(2)設問を解くのが遅い

(2)に関しては予備校の授業で先生に設問の解き方を習ってひたすら練習すれば良いと思う。
(1)に関してはやはり「活字慣れ」が解消するのだ。
活字慣れは残念ながら読書量と比例すると思う。うえで「読書好き=国語が得意」は必ずしも成り立たないと書いたが、「活字慣れ」は読書でカバーできる。
とはいっても、受験生はのんびり読書をしている暇はないはず。

ではどうするか?
答えは簡単。入試までの時間は変えられない。だったらその期間の間、大量に「読む」という行為をするのみ。
問題集で扱われているものを読んだり、復習で今まで解いてきた問題を読み直すなり、新聞を毎日読んでみるとか。努力しようと思えばいくらでもできるのである。

そういった過程の中で読解力も少しずつついてくるものである。


B論理展開
Aの段階で大量「読む」という行為をして欲しいと言ったのだが、そこで論理展開について意識することは大事だ。
論理展開をつかむ大きなヒントになるのは「接続詞」。
これに注意していくことで「ただ読む」だけでなく「理解して読む」に近づくのだ。


C背景知識
そして大量に読むことで得られる最大の武器は「背景知識」だ。
これがまた重要なのである。
様々なパターンがあるとはいえ、大学入試で出される話題というものはある程度パターン化している。
具体的に言えば、「二項対立」の考え方が主流であるのだ。

問題を見た時、
「あっ。こういう系の文章ね。どうせこういうふうに話しすすむんじゃないの?」っていう予想が立てられるようになれたら勝ち。
問題を読む時、出典をいつも確認すると良いでしょう。

入試で問われる話題に関しては今後、書いていきたいと思う。

そして、この背景知識というものは英語にも共通してくる。国語力と背景知識だけで英語を簡単に解けてしまう人も中にはいる。
しかし、自分ができなかったようにそれができる人は限られてしまう。あくまで英語は文法的に解釈してそこから理解を深めるという意味で背景知識を使って欲しいが。

河合出版の問題集は解答解説のほかに背景知識が書いてあったりとかなりおすすめ。
「入試精選問題集 現代文」河合出版
は、テーマごとに問題が構成されているので話題をつかみやすい。
この問題集が難しい人は
「入試現代文へのアクセス」河合出版
からはじめてみてください。



D設問テク
これは予備校の先生に教えてもらうのが一番早いですw


最後に簡潔にまとめると
大量の話題を自分の中に取り込んでほしい。その際、語彙や接続詞に敏感になること。わからない言葉は辞書で調べて覚える。それで足りないとことを参考書で補う。
これを徹底して1年間続ければ必ず成績はのびます。
posted by もーすけ at 13:32| Comment(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月07日

文系層の数学のゆくえは

もう私は受験戦争というものから遠ざかって1年たったのだが、今でも某予備校スタッフとして依然として受験業界に身を潜めている。

常日頃、どうやって指導していこうか試行錯誤している毎日である。
いろんな書物をあさりそこに教育のヒントはないかと、アンテナを張っている。(そのためだけに本を読んでいるわけではないが。)
前回のブログで紹介したが、ドラッカーの「マネジメント」はなかなか参考になりそうだ。


そんなことはさておき、

日頃から受験業界に身を置いて合格させるためにいろいろと考えているのだが、ふと疑問点もたくさん湧いてくる。

例えば…
今の大学受験制度についてだ。

その中でも受験科目に関しては特に疑問を抱いている。


大学受験を経験したことのある人、それからこれからしようとしている人ならわかると思うが、基本的に私大文系なら数学が、私大理系なら国語がいらないのである。
私はそこに疑問を感じる。


ちょっとここでは私大文系の数学について取り上げる。
今の私大文系の生徒の多数は数学を受験科目として使わないで入ってくる。どうやらその学生さんたちの数学力が凄まじくひどいらしい。(さまざまな資料から)

今では受験に合格するための手段として、早い段階で受験に使わないものはいっさいやらない。という風潮がある。
有名進学校でさえもそうである。
学校で履修していてある程度わかっているものという常識が本来はあったはずである。しかし残念ながらいまその常識が覆されている。

最難関とよばれるA大学とB大学。
昔までA大学経済学部は数学が必修科目となっていた。それに対しB大学経済学部は選択科目となっていた。当然、受験科目が違うのであるから簡単に比較してはいけないはずであるのだが、マスコミがやたらと「偏差値」だけで判断したため、どうしてもB大学の方だ優秀だ!みたいなことが世の中に広まってしまった。やむを得ずA大学は偏差値をあげるために数学を選択科目にしてしまった。という話もあるほどだ。


そんなこともあって、私大文系層の数学力が低下している。経済学部でさえもこのような状況だから困ったものである。


では、果たしてそのような状況でいいのだろうか?
「数学なんて会社はいったら使わないじゃないか!」と反論したくなるのもわかる。

しかし、そんな意味のないもの文部科学省が小学校からのカリキュラムに組むはずがない。
数学を学ぶ意味は「論理力をつける」ということが第一にあがると思う。

ここで誤解があるといけないので説明を付け加える。
数学が苦手だからといって必ずしも「論理力」がないといわけではない。つまり「数学」と「論理力」は相関関係であって因果関係ではないですよ。


昔から教養というと
「読み書きそろばん」
それから、中学受験も算数が、高校受験も数学が必修です。

それなのに大学受験でなくなってしまうというのはどうだろうか?


いかんよ!笑

確かにね、数学っていう科目はセンス的なことが多科目に比べて問われてしまう。
だったらせめて、一般試験に追加してセンター試験も考慮するなどといった工夫はどうだろうか?

センター試験レベルであるならば、数学が得意な人とそうでない人の差がつきにくい(平均が6割程度)。しかし、やっていなければ点はとれない良問になっている。

最低限の数学力は問われるべきであると思う。


おなじようなことを理系に対する国語でも考えて欲しい。
どんなにすごい研究をしたところでそれを表現する力がなければやはりダメになってしまう。


文理問わず、最低限必要な力をためす受験を考えてみる必要があるのでは?
posted by もーすけ at 00:06| Comment(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
iMiアンケートモニターに入会

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。